「Enable」にコンピュータ関連の用語が頻出する理由

霧島さんから昨日もらったトラックバックで、霧島さんは「作品はノベラーの趣味が反映されるのか」という点から小説を論じていました。これは私586も非常に興味のある内容ですので、ちょっと書かせてもらおうと思います。

霧島さんが本文で指摘されている通り、「Enable」には情報工学系の単語がとにかく頻繁に登場します。これは586がその方面に関して(多少なりとも)知識があり、それを小説の中に持ち込むことにより、世界観をより自分好みのものに拡張できるだろうと踏んだからに他なりません。

では、何故そう踏んだのか。答えは簡単で、元々の「ポケットモンスター」の世界観の中に、「パソコン」「情報技術」といったモノが既に存在していたからに他なりません。コンピュータを通してデータのやり取りがなされているのなら、ポケモンをデータと見るような人間がいてもおかしくないのでは……という観点から、エノモト博士が誕生しました。

586は「ポケットモンスター」の世界に、自分が持っていた情報工学の知識を持ち込みました。私自身はこれは大正解だったと思っていますが、もしかしたらポケモンが生物じゃないって、どういうことだ!」と、憤慨される方もきっといると思います。中にはポケモンをデータとして見ている→ポケモンを私物化している→人間の身勝手→なんだこの設定は!」と激怒された方もいたかも知れません。

トラックバックしてくださった霧島さんも同様に、読んだ方から「ポケモンを武器の一環として捉えるとは、どういう了見だ!」だとか、ポケモン世界に戦争とか人殺しを持ち込むな!」だとかいった感想を抱かれる危険性を秘めていると私は思っています。私自身は「こういうのもありなんじゃないの?」と思っているのですが、世の中には心の狭い人も多いと思うのです。上のような感想・感情を抱いた人がいたとしても、何もおかしくはありません。

霧島さんが挙げているMr.Kさんの「POKE IN〜」シリーズや、ゼータさんの「ロード・オブ・マスター」、霧島さんは挙げていませんが、ソニックさんの「ポケットモンスター小説版」や「ジェネレーション:アドバンス」、はるかぜさんの「ポケモン伝説記」、ストーム黙示録さんの「クロス・オブ・ハート」なども、作者による独自設定の持ち込みがされている小説です。先ほどの段落で触れたとおり、これらの小説にも「原作の世界観を壊すな!」だとか「複数の世界観を混ぜるな!」だとか言った批判・批難が寄せられる危険性があります。

私や霧島さん、上で挙げた方々は、なぜそうした批判が寄せられる可能性があるのに、独自の世界観を持ち込んだのでしょうか。純粋な二次創作よりもリスクが高いこの行為に、どのような意味があるのでしょうか。

いろいろと考えてみて、一つの結論が出ました。私の結論としては、「元々ある世界観では、自分の『ポケットモンスター』に対する思いや考えを100%アピールしきれない。だから、独自の設定を持ち込む」というものです。

霧島さんは本文中で、''「それに伴って「トレーナーはポケモンをただ指示するだけなのか」という疑問も次第に浮き始めた。」''と書かれていますし、私自身も「ポケモンがパソコンで扱えるとあるが、もっと細かな設定があってもいいのでは?」という考えから、独自設定の持込みに踏み切りました。他の方も細かいところは違えど、似たような考え方ではないかなと思っています。

ポケットモンスター」の世界観の定義が曖昧で、いろいろな設定を持ち込んでも底が破れにくいというのも、私や霧島さんのような(いささか失礼な言い方ではありますが)「異端」を生み出す理由になっているのではと思います。他の作品の二次創作に携わる方と比較しても、ポケモンの二次創作に携わる方にはそれぞれ百者百様の「世界観の定義」があるように感じます。それも、元々の世界観が持つ「懐の深さ」によるものが大きいと思っています。

懐が深いから、どんな設定でも(技量しだいで)組み合わせられる。自分の持っている知識を使うことで、効果的に世界観を拡張できる。「世界観を壊すな」という批判をもらうリスク(批判する人にも批判する人なりの「世界観の定義」がありますから、致し方ない部分もあると思います)を背負ってでも、あくまで独自の設定を持ちこんだ二次創作作品が多いのは、そういう理由から来ているのではないでしょうか。

長くなりましたが、以上です。